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AS、ADHD、自閉症スペのアドバイスや愚痴を書いてます。

この前あった雹で私の部屋はめちゃくちゃになっていた。

今日母は派遣会社の集まりで食事会なので、あんたは家で部屋の片づけをするようにとlineが入った。私は何日か前の日記にも書いたように『好き嫌いの話がニガテ』な部分が辛くなって、今日は休んでいた。連絡も出来ないので母に代わりに電話連絡を頼む。

私は他の人の目から見たらおそらく頑張っていないように見えて、自分の中ではいっぱいいっぱい頑張っている。お風呂に入ると目が覚めてしまうと感じたら風呂をなるべく入らないで布団の中に入っていたし、九時に布団にも入っていた。睡眠不足が私の特性である被害妄想を加速させる原因にもなっている。だけど優先順位を変えたにも関わらず、睡眠不足は治ることはなかった。

 

元彼の家でも顕著だった。元彼と私の寝る空間は一部屋しかなかったので、彼が夜更かしをすると眠れなくなった。どんなに彼が消音設定にしてスマホをしても私は微弱な音を拾ってしまいイライラしてしまう。それだけでなく私は彼に恋人としての時間を求めていたのだけど、彼はそれが嫌だったのか優先順位を同じようにつけられない人だったのか夜3時くらいまで布団の中で待たされる日が続くようになった。

私は毎日『構ってくれ』と言ったけれどそのたびに相手に怒られた。

やんわりと『睡眠不足は体に悪いよ』と言っても年上だったせいなのか上から目線で『自分の一番合っている睡眠時間だし自分は寝れなくても起きられる。言いがかりはよせ。自分で寝たらいい。だいたいお前は途中で寝ているしその間俺はスマホでゲームをしている。その時にお前は起きないよ』という事を言われてしまった。

今思うと思いやりのかけらもなく無茶苦茶な事だったがその当時は納得してしまった。

そこから私の睡眠不足の悩みには『彼とうまく行かない』という悩みもオンされてしまった。ますます睡眠不足が加速し、まったく寝ないで仕事に行く日々が続いた。

 

今年の2月彼の部屋を出て、家に戻ってまた5月に戻ろうとした時もそのままダメになって二度と会わなくなって7月になっても私は相変わらず睡眠不足だった。

昨日改めて定型の思考の違いを認識したのだけれど、明らかに不眠症と言われる症状に該当していても定型(特にバブル世代あたり?)は『若い頃はやんちゃできた』『起きていられた』『体力が続いた』的な思い出になっている事だった。

母はコーヒーを飲んで次の日の午前3時まで時間をつぶしていた。会社があるとその時間しか時間がなかったからである。だけど冷静に考えてみたらちゃんと寝て朝起きれば何もそんな時間に遊ばなくても時間はあると思うが。そういえば母にもよく怒られた。

煙草もよく吸う人で『頼むから吸わないでくれ』と言ったがやめてもらえなかった。

母の言い分も『これだけが私の楽しみだから』だった。

 

母は不倫で出来た恋人からの説教は聞いたけれど、私の言い分は一切聞いてくれなかった。多分私は発達(今も信じていないが)だからなのと理屈っぽくしつこかったせいだと思う。私は真剣になった人にほどそうなってしまう。

やっと31歳(もうすぐで32歳)になった今、『わからない人は突き放すしかない』という事がだんだんわかってきた。というより私の説得力ではそうするしかない。

煙草を吸う人も睡眠不足の人もやめてと言われてやめられたら困っていないのだ。

 

私は昔から説得力がない。だから頭の中で色んな説得を考えた。

だけどメモの話と同じように、説得を頑張っていない時の方がまだ説得力があるみたいである。一種の諦めの感情を持つことが定型との考えにおいて大事なのだ。

そんなことを散らかった部屋を見ながら考えた。被災した部屋のようになっている。

お雛様も収納してある部屋だ。お雛様がどうなっているかと考えただけで頭が痛い。

 

読もうと思っていた数々の本、本、本の山。友達のいない私にとって本とは扉だった。

友達だった。お気に入りの本が常に200冊以上あって暇さえあれば読んでいた。アマゾンでマーケットプレイスで1円で手に入れた本もたくさんあって読んでいないものもかなりあった。

この本をもっと読みこんでいたら、この本がもっと自分にとって有益なものだったら私はもっとましな発達障害だっただろうか?私は毎日休まずいろんなサイトを見て本を読んで時間を惜しんでいる。だけど初めてコンビニエンスストアに行けた時やレストランに行けた時の衝撃には勝てない。

本は誰にとっても友達だけど、本当に人間関係と同じで『きっかけ』に過ぎない。

コンビニエンスストアの存在を私は知っていたし、テレビでも『深夜にコンビニを徘徊してつい買ってしまう』と楽しそうに語る人がいるのも知っていた。

だけど本を買うお金もなくなってしまうし、今よりも対人恐怖症視線恐怖症赤面症だった私はコンビニに行くより本屋に行くことの方が大事だった。

 

私は好き嫌いなく本を読んでいた。同時に好き嫌いなく食事も食べていた。

どちらも楽しんでいたけれど、好き嫌いを出した途端に私の世界はこの家の中で終わってしまうし、食事で好き嫌いをしなければ色んな場所に口で世界旅行ができる。

私は昔から旅行の本が好きだった。とりわけ貧乏旅行の本が好きだった。

12万円で世界一周する人の本が好きでよく読んでいた。

 

だけどその人も世の中の人も、食べ物の好き嫌いもあってそれでも世界旅行に出かけていた。私は好き嫌いをなくしたが多くの有益な体験をサボってしまった。精神が不安定だったからしょうがなかったし、仕事もできるほど達者な発達でもなかったので仕方がないといえばしかたがないが(資本がない)。

 

でも世の中にはよく目を凝らしてみてみると『この人は明らかに発達のケがある』という人がいて、それはスーパー発達なんだけど障害がいい方向にマッチして成功している隠れ発達もたくさんいる事が今ではわかった。

昔はADHDのケが酷かったためか、本を読むだけで連想妄想してしまい読書するだけでも被害妄想というか落ち着かず『純粋に読書』というものができなかったのでわからなかった。

 

そういう人たちは旅をしたり、実際に友達を作ったり、仕事をしていい経験を積んでいる。私は昔本を読むことで賢くなろうとしていたし、賢い人に憧れていたけれど、受験の時に行った代ゼミの先生なんか現国の先生なのに読書が一切してこなかったし出来なかったという。それでも賢いからそこにいるのだ。

 

私は発達として最近まで知識を詰め込むことは『暗記力があっていい事』だと思っていた。日記を書いて反省して見直すこともいい心がけだと思っていた。

だけど私はその考えに捕らわれたが為にいい経験が出来なかった。

 

知識をつける事は大事な事だと思う。だけどそこから知恵をつけられなければ『読書』という経験の本質に反していると思う。

 

賢くなる事に捕らわれるよりも、嫌いな食べ物があっても、どこかへ行って見識を広めたり、実際にやってみたり、本当に勉学を自分のものにした方がいいんだな。

とその部屋を見て改めて思った。私はこの部屋が大好きでだけどこの部屋に縛り付けられていた。

 

今でも本を読むのも本屋も大好きだ。でも好き嫌いが激しいのに友達がとても多く話の面白い人を見ると、心が豊かに見えてやるせなくなる。自分の過ごした時間の無駄さを嘆いてしまう。部屋を片付けながら、残りの人生は『経験』と『学習』両方頑張ろうと思った。