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AS、ADHD、自閉症スペのアドバイスや愚痴を書いてます。

動作日記をつけて反省する

日記をつけると過去の自分を反省できる。

 

そんな風に言われたので私は中学生から日記を書き続けている。

だけど書いた日記を読み返すと、その当時の悔しさとか感情しか蘇らない。

 

鬱になるために日記を書いているのか私は。

 

その当時の日記の内容は主にこうだ

 

『ある事件がありました。

好きな人 は 私に対してこうしました。

(ここから悩みを10ページくらい。感情を10ページ)

しにたい・・・』

 

えーと・・・

 

これじゃあんまり反省出来なくね?

 

とにかく出来事の描写が少ない。動作とかそういうの。でもまだ若いから記憶力が良いのか台詞は書けている。問題は私が『執着モード』になったらもう記憶が途切れている点だ。

 

 

当時の私の気持ちもわかるけど、これじゃ大人になって記憶が薄れた頃に読んだらわからないよね。

 

発達のせいかわからないけれど、当時の私にとってはこんな文章が書ける事自体が進歩だったように思う。というか感情のゴミ箱にしていただけかもしれない。

 

 

日記繋がりで思い出したけど最近おばあちゃんの日記を見つけた。

日記にはその日あった事だけを書いてあった。

全部で3行くらいの短い日記なんだけど、何があったかとてもわかりやすかった。

他にもキッチンの引き出しから献立手帳とか家計簿手帳が見つかった。

今思うと、おばあちゃんはとても『記録魔』だったように思う。

 

作文はともかく、日記と言うのは『した事』と『簡単な感情言葉』だけを書くのがいいと思う。(上手く書けないけど)

今までとても日記が上手いと思ったのは、はなちゃんというハーフモデルの子だった。

文章が上手い人にとってはどんなレベルかはわからない。でも私にとっては読みやすかった。とても綺麗に見えた。

 

反省なんていうものは、書き終わった一年後にすればいいんじゃないだろうか?

 

『誰が いつ どこで どのように どうした

 こんな風に感じた 』

こんな感じでも

 

『22時に私はパソコンに向かいブログを書いた。

 私はお腹がすいていた。昼間食べた博多とんこつカップラーメンを想像した。

 周りでは微かに鈴虫の音がして、パソコンのクーラーの音がうるさかった』

こんな感じでも

 

ひたすら台詞を書いていくような感じでもいいんじゃないかな。

 

 

で、感情は別のノートにべらべらと話せばいいと思う。

別に作家になるわけでもあるまいし。