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AS、ADHD、自閉症スペのアドバイスや愚痴を書いてます。

おきにいりぶろぐ

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アメブロみたく横に貼り付けられないのかな


電話。

『ごめんなさい問題』解決しました。

 

自信がなかったので私の携帯で母に代わりに喋ってもらいました。

あっちはというと別に喧嘩した気もしてない、とのこと。

 

横で耳をくっつけて聞いていたんですけど、彼は『そうなんですよね』ばかり呟いていて聞いていないみたいでした。

私の母には素直に『はいはい』と相槌打つのになんで私には打たないんだろう?って前は思っていました。実は彼は素直に相槌を打つ時の方がまともに話を聞こうとしてないと言っていました。

 

「何言ってた?」と電話を切った母に言うと少しあぜんとした様子で

「アンタ(私)が綺麗な人と付き合いたいんでしょう?ってメモで書いて見せたのを言った時に、あっちが嫌いな人とは暮らせないって言ってたのになんでそれがわからないのかなぁ~・・・・ま、いっか!!って言ったの。その切り替えの早さにゾッとした」

それを聞いて私も何だか得体の知れないものを感じてしまいました。

今でも彼のこういうところが不気味だと思ってしまいます。

 

最初に彼とお会いした時もどこか人とは違う『雰囲気』みたいなものを感じました。

なんというか、彼の視線が私を呼んでいるような纏わりついてくる空気みたいなものがあってこちらの様子を伺っているような。かといって圧迫感があるわけでもなく、底知れない洞穴をのぞく時のような暗い雰囲気でした。

 

簡単に言うと『狂人なんじゃね?』って感じの雰囲気の人です。

 

あとでむずむずと気になってしまい、彼に電話をかけてみました。

前よりはちゃんとお話出来ているなと思ってすごく嬉しかったです。

でも『ごめんなさい』と言わなかったのが問題だったわけじゃないそうです。

私は謝るようなことはしてない。彼の話をただただ聞いてなかった、らしい。

前からこういう事言う所が気難しいと思ってました。

おまけに掘り下げて聞いてみると所々話も忘れているし。

 

彼は『十分話しているつもり』らしい。いや、足りないから。

足りな過ぎて『策士なのかな?』みたいな雰囲気しか醸し出してない。

いちいち『含みがあるように見える』んですよね。

前私が話が下手過ぎて結果ウソや駆け引きが上手い人っぽく見えたのか、『意識しないでその会話をしているならある意味才能があるな』みたいな事を言ってたんですけれど、私はオマエモナーって感じです。

下手過ぎると人に誤解されるんですよ、まじで。

 

そのあとは私は『そうなんだ』とか『そうなんだ、〇〇なんだ』とか繰り返しているだけだったけど、いつもより数百倍密度の濃い会話が出来たなって嬉しかったです。

 

定型風の話し方で『そうなんですか』や『そうなんだ、〇〇なんだ』とか質問を質問で返すっていう話し方をするというのを今練習しているんですけど、これの方がよっぽど楽。

よっぽど私の中では駆け引きです。

発達の『辞書まるごと覚えちゃいますよ作戦』ははっきり言って途方もない。

本来なら意識して

『ああ、〇〇ちゃん今ごめんって言ったな。こういう時も言っていいんだな』とか

『ごめんって気軽に使ってもいいものなんだな』とか

『そうなんだ、〇〇なんだって言うと相手にも安心感が与えられるし、

自分自身が会話を忘れやすいから復唱にもなっていいな』

って日々生活の中から覚えて何十年と練習していくものなんですけどね。

 

発達的な考え方で見ていると『ウソつき』みたく見えるけれど、『多めに見てもらいたいなら相手も多めに見る』みたいな『許し合い』『助け合い』なのかなと今では思っています。

 

「私は誰でも助ける!誰も利用しない!」みたいな考えでも確かにいいけれど、それってある意味「チームプレイじゃない」というか。

いっぱいいっぱいになっても何も言わなければ、相手は「何も言わないなー平気なんだなー」って思って結局私が「もう限界だ!!」とぶち切れるのはウソをつくより愚か。

 

相手に「もう限界だ!」と思わせてしまうのも悲しいな。

 

『そうなんだ』だったら相槌だけだから『ウソ』にはならないから嬉しい。

 

彼と話していて解決の糸口が見えて来た気がしました。

もしかしたらもっと練習すれば彼と前より仲良くできるのかもしれないです。

 

 

 

 

会話例の参考資料

発達関連の本を買っているけれど、雑談や日常会話例文集って意外とない。


ニュースサイトを多音読したりしていたけど、私が知りたいのは冗談や嘘がどれなのかとか、ごめんなさいやありがとうを言うタイミングなのであんまり使えない。


発達的会話例の参考資料


○住住(すむすむ)

○高校教師

日常会話初期編〜みたいな会話を学べる。

どちらもhuluで観れるドラマ。

住住は3人組で男2と女2で雑談するんだけれど、二階堂ふみさんの切り返しがとても参考になる。礼儀正しいんだけど自分のいやなことは感じよく笑って断るのがとてもいい。

バカリズムさん脚本だから本人がそんな感じで話すかは謎だけど。


高校教師は生徒と女子高生の禁断の愛。どんな一言を言ったら思いやりの表現になるか、すごく考えさせられた。

定型の人ってこんなにごめんって言うんだな〜


アスペ的には辞書丸ごと暗記〜って思って

ADHDっぽくやってられるか〜!みたくなるので、会話例文ていまいち覚えづらいんだけど定型の会話は実践ありきだからね。


私は優しくされたい今より少し楽をして仕事を焦らないように覚えたいから、丸暗記する事に決めた。



当たり前の事が出来るすごさ

日々 定型を見ていて すごいな と思う

当たり前の事をあたりまえに出来るすごさ

私はこれを『当たり前力』と呼ぶ

最近は発達でも『当たり前力』が強いのがわかってきて、すごく焦っている


こう言う能力は大勢と関わって磨いていくもの少人数しか関わりのない私みたいな人間 は 身につかないもの と 思っていた。


だけどどちらかと言うと 1人の人と長く付き合った人 の方 が 『当たり前力』を身につけられているように思う。


この人がダメ なら あの人 みたいに コロコロ付き合う人 を 変えていって、最終的に自分に合う人だけ 付き合うというやり方もあると思う。

それだとデータが浅い。

この人とうまくやっていこう。何とか解決していこう。と観察して様々なコミュニケーションをやっていく事こそがコミュニケーションの基本『観察眼』が養われるのではないだろうか。


太郎くんは何だかいつも怒っているみたいだけど、笑顔で話しかけると少し表情がやわらかくなる。

じゃあ笑顔で話しかけてみよう。

今日は笑顔で話しかけてもやっぱり怒っている。いつも怒っているけど、これは本当に怒っているんだろうか?

毎日笑顔で接したら、だんだん彼は笑顔になる回数が増えて私の前では笑うようになった。

あの怒った表情は彼の普段の表情だったのかな?だけど他の人には笑顔なのに私には怒ったような無表情だった。緊張していたのかもしれないな。


というようなふうにひとりの人間でも学ぼうとすればたくさんの事を学べる。


セックスの話でも、たくさんの人としている人よりもひとりの人と長く付き合って真摯に相手を喜ばせようとしている人の方がセックスは上手いと思う。


セックス人数が多い人は下手な人しか見た事がない。


相手に『下手だね』と言われたことがないか、『下手だ』と言われて別れてしまっているか。

どんな想いがあってもその場から去らずに挑戦できた人は『上手』になっていると思う。


私はこのまえ

『きみ自身のためなら良いけど、僕のためというならやらなくていい。』

と言われた。

なんでも『それって自分のためじゃん』みたいな事をいう人だった。

『自分のためにキミと付き合っている』というような謎かけをする人だった。


自分のやりたかった事が相手のためになればそれが相手の幸せ


とも言われたんだけれど、私は私の生き方で誰かを励ます気はない。ほんとよくわかんない人だ。


何もしなくていい。恩着せがましい。

と言いたかったのだろうか?


何もしなくても大好きだよ

と言いたかったのだろうか?


他の女の人に優しくされて喜んでいたけれど。


無理のない時に優しくされたら嬉しいな

とか

優しさが本心なら嬉しいな

だったのかな〜?


恩着せがましくしているつもりはないんだけど‥‥笑顔が少ないと母に聞いたので、そこは直そうと今頑張っている。






ぐち

今日も眠れなくなりそう。

会社から帰って来た母と、今までのやらかしなどについて色々語った。

母は定型で仕事も初志貫徹で結果を残すタイプ。

発達の私さえ冷静になって話を聞けば、本当に為になることを教えてくれる。

 

他の定型の方はなんだかんだいって他人なので、失言があったら教えてくれなくなる。

ある程度のレベルまで引き上げないと、家族以外の定型に配慮してもらうのは難しいなと思った。

 

ごめんなさい が言えない事を母が気づいてなくて、母と彼とで協力して私のサポートをしてもらう予定だったんだけど、この前やらかした日に母に電話で通訳を頼もうとした。そしたら時間が11時だったためか、彼に帰宅の話と障害者は全面的に配慮してあげないとと言う話しかしてくれなかった。

私はごめんなさいと言えない特性なのと、娘に代わって彼にごめんなさいと謝って欲しかった。実際は母は私も彼も、私がごめんなさいを全然言えない事に気づいていなかった。

ずっと彼にごめんなさいと言えていると勘違いしていたらしい。

結果彼は全面放棄して電話にも出てくれなくなった。それでお別れ。

 

理解した母は責任を感じて謝って来た。だけど、こうまで通じないなら私の説明能力が著しく足りないということだ。

 

私は恥ずかしながら自分の説明能力は定型寄りになっていると思っていた。

社交辞令と配慮のおかげで誤解をしていたのだ。

こういう発達の人は私だけではない気がする。この誤解が摩擦を生むから怖い。

 

母に『ごめんなさいを言えるようになりたい。どうしたらいい?』と聞いた。

私は相手が『ごめんなさい』と言ってくれないと、謝るタイミングが分からないのだ。

『じゃあ、軽い所から謝る習慣をつけてみたら?私が指摘するから』

 

ドラマを見ていても、普通の番組でも定型は結構気軽に『ごめん』と言っている。

ちゃんと感情と言葉がリンクしている。すごいなぁと思った。(低レベルですみません)

 

母がもう一度私を分析してくれたのだけれど、ごめんも言えず、感情も言葉に出せず、仕事も出来ず、人に要求する=クソ横柄な人間 と言ってて やべーなと思った。

ポイントは治さなければ。人間界だし。

 

定型はそうは見えないけれど、パターン暗記して覚えていると知った。

例えばガトーショコラを作るってなると、定型は過去の分岐表が自動的に頭ににゅっと再生される。

 

自動再生機能がついてないなら、人工的に覚えて再生できるようにすればいい。

 

いまさら定型の彼が言いたかったことや配慮が大変だった事が心底わかった。

彼が配慮することによって私のメリットだけで彼のメリットは無かったのです。

 

私の母は『娘が就職してお金を稼いで立派になる』事が最大のメリット。

じゃあ彼や他の定型のメリットは?『前向きな姿勢でちゃんと感謝謝罪をもらえる』

とか色々あるとあ~配慮して良かったなと思う気がする。

実感の伴わない努力ってすごく辛いことだし。

 

いくら定型が親切心で『任せてください自分にだって指導できる』って言ったとしても、それは意気込みであって、相手の責任とかじゃない。

『たまには助けるよ』っていう好意。親切は決まりじゃない。

10のうち2くらいなら協力するよっていうこと。

 

この経験がよりいい結果生んでくれることを期待する

 

 

アップデートしていくこと

治らない習慣化された事は追加項目をくっつけて改善する

 

分岐表を作る。(マインドマップとも言うかな?)

絵でもok。割と解決策だと思っている。

何度も言う事はあらかじめ付箋に書いておくとより効果的。

 

例:朝起きる⇒支度する(イレギュラー:同居人に答えづらい質問をされる)⇒×

            

                +解決法⇒同居人を無視して外出

                or 『悪いけど考えられない』

                ⇒課題『ごめんね』の習慣化

                    感情の言語化の習慣化

               

 

  朝起きる⇒支度する⇒(イレ)⇒(解決法)⇒外出⇒成功〇

  朝起きる⇒支度する⇒外出⇒成功〇

(出かけたくない日)朝起きる⇒支度する⇒すぐ外出⇒成功〇

(遅刻対策)現在地⇒目的地の逆算 起きる時間+{(支度)+(家→駅)+(待ち)+(移動)+(最寄り→目的地)}=遅刻しない時間

 

                  

  仕事⇒作業開始⇒作業終了⇒忘却⇒作業開始時繰り返し×

          

          +todo付箋を作る

          +私『〇〇作業開始します』

                                    +私『作業終了しました』

          +todo付箋にレ点

 

  仕事⇒作業開始⇒(復唱)⇒作業終了⇒(復唱)⇒成功〇(別の作業へ)

 

 

 

無意識&自然に習慣を身に着けることが出来ないなら、人工的にインストールしていくしかない(手打ち)

 

 

 

 

 

 

携帯の事

最近胃が痛くて、肌もホルモンバランスのせいかだいぶ荒れている。

ぬるいお風呂に入ったり、目を閉じて無理やり寝たりしたけれど結局は解決にはならなかった。

気ばかりが焦り、生活に余裕が無くなっていく。

 

たまたまスマホが見つからなくて、そのまま何分か離れていた。

そしたらイライラがスーッと消えたのがビックリした。

試しにiPhoneの機能制限とおやすみモードを使ってみたところ、ウソのように完全にストレスがなくなった。その状態で今この記事を書いている。

 

参考記事

matome.naver.jp

www.appbank.net

 

確か何年か前もデジタルデトックスブームになり、私は何日間かスマホやインターネットをやめたことがある。そうしたら、その時もスーッと私の中のストレスが引いていったのを覚えている。

 

一度携帯代を安くしようとガラケーに戻したこともある。

だけどスマホサイトやPCサイト対応でガラケー版が続々と終了して、結局使い物にならないと買った時に気づいてしまった。私はそれでまたiPhoneを買った。今度は6s。

 

今度は電子書籍や音楽を知らず知らず買い過ぎてしまい、月額1万7000円までになってしまった。これでも前は3年で携帯は買い替えていた。だけど世の中の体験ができない、就業が出来ないとなると、全部が携帯に依存となった。

メル友ブームの頃は私はまったく眠らずにメル友を探し、月に何十人とメールをして過ごしていた。あの頃はまだ友人を作ろうと必死だったように思う。おまけにネットサーフィンもしまくっていた。

その時の最高の利用料は月額3万だった。うっかり間違ったプランに入り10万とられそうにもなった。

 

寝る時間が1時間になり、全くなくなった。変な時間に眠り、それでも携帯に振り回されていた。全くねない私はぐわんぐわんの頭を引きずり紅茶を一日20杯飲んでいた。

メル友を待つために一生懸命携帯の前で待ち眠れなかった。

 

ネットで出会った人と2人目と交際した時、メールという道具の特性上いくらでも自分の都合で人を振り回せるというとても鬼のような特性がある。

私はその時は気づかなかったが、発達障害だ。

当時から『時間間隔の欠如』という特性が目立ち、しかも『説明が下手』

『執着』『過集中』という特性もあった。

相手は私の事より自分自身のことが好きで、しかも前の恋人を引きずっていた。

何度も同じことを聴くというループにはまり抜け出せなくなっていた。

 

ある日、相手が見せしめに私を無視すると決めた。確か最初は1週間だったように思う。3日3晩寝れずに私は重度のパニック状態になっていた。

しかも私は一度集中するとその対象から離れられない『執着』に入ってしまう。

その時はまさかと思うが、ほとんどストーカーと変わらない状態に陥っていた。

 

最初の日はずっと泣いていた。そしてノートに日記を書きなぐっていた。

ある時、この日記をやめたらどうなるのだろうと思い、やめてみた。

相手を思い出す時間が確実に減った。そして、私は思い切って相手の全メールを消してみた。何度も何度も読み返したメールなのに全くと言っていいほど思い出せなかった。

 

相手のウェブサイトをクラッキングしそうになるほど追い詰められていたのに、私は3日目にはその人がいない事が当たり前になっていた。そして1週間もするとその人への執着は消えていた。

 

今思えばそれが初のデジタルデトックスだったように思う。

(あってるのかな?)

犯罪者にしたてあげられる手前で私は人間に戻った。

 

そんなことを何度か繰り返すうちに分かった。

当時はとてつもない焼けつくような空虚感と戦っていたと思う。

だけどそのとてつもない焼けつくような空虚感を忘れたくなかった。

どうしても人を愛せない人間だと言う事を認めることができなかった。

私は自分の恋を忘れたくなかった。

 

 

私はその時、人間(定型のこと)を愛することをやめることを決めた。

 

意識の片隅で相手に『頭がおかしい』『しね』『きちがい』と罵られた。

その事も今回完全に受け入れることができた。

開き直るわけじゃないけれど、私は私になりに努力したけれど、『定型の言うきちがい』をやめることはできなかったというわけだ。

 

 

私はいつもちゃんと話しているつもりだった。

だけど怒られるたびに怖くて怖くて本音が全く言えなくなり、事実とは逆のセリフをいうようになっていたのだ。

 

『バーカ(好きだよ)』

『ここに行きたい?(私ここに行きたいよ)』

 

説教をしていると言われた時も、私は心の中は優しい気持ちがあった。

その事が今日わかり、終わりだと思った。

私は言葉に責任を持っていたつもりだったのに。