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AS、ADHD、自閉症スペのアドバイスや愚痴を書いてます。

この前あった雹で私の部屋はめちゃくちゃになっていた。

今日母は派遣会社の集まりで食事会なので、あんたは家で部屋の片づけをするようにとlineが入った。私は何日か前の日記にも書いたように『好き嫌いの話がニガテ』な部分が辛くなって、今日は休んでいた。連絡も出来ないので母に代わりに電話連絡を頼む。

私は他の人の目から見たらおそらく頑張っていないように見えて、自分の中ではいっぱいいっぱい頑張っている。お風呂に入ると目が覚めてしまうと感じたら風呂をなるべく入らないで布団の中に入っていたし、九時に布団にも入っていた。睡眠不足が私の特性である被害妄想を加速させる原因にもなっている。だけど優先順位を変えたにも関わらず、睡眠不足は治ることはなかった。

 

元彼の家でも顕著だった。元彼と私の寝る空間は一部屋しかなかったので、彼が夜更かしをすると眠れなくなった。どんなに彼が消音設定にしてスマホをしても私は微弱な音を拾ってしまいイライラしてしまう。それだけでなく私は彼に恋人としての時間を求めていたのだけど、彼はそれが嫌だったのか優先順位を同じようにつけられない人だったのか夜3時くらいまで布団の中で待たされる日が続くようになった。

私は毎日『構ってくれ』と言ったけれどそのたびに相手に怒られた。

やんわりと『睡眠不足は体に悪いよ』と言っても年上だったせいなのか上から目線で『自分の一番合っている睡眠時間だし自分は寝れなくても起きられる。言いがかりはよせ。自分で寝たらいい。だいたいお前は途中で寝ているしその間俺はスマホでゲームをしている。その時にお前は起きないよ』という事を言われてしまった。

今思うと思いやりのかけらもなく無茶苦茶な事だったがその当時は納得してしまった。

そこから私の睡眠不足の悩みには『彼とうまく行かない』という悩みもオンされてしまった。ますます睡眠不足が加速し、まったく寝ないで仕事に行く日々が続いた。

 

今年の2月彼の部屋を出て、家に戻ってまた5月に戻ろうとした時もそのままダメになって二度と会わなくなって7月になっても私は相変わらず睡眠不足だった。

昨日改めて定型の思考の違いを認識したのだけれど、明らかに不眠症と言われる症状に該当していても定型(特にバブル世代あたり?)は『若い頃はやんちゃできた』『起きていられた』『体力が続いた』的な思い出になっている事だった。

母はコーヒーを飲んで次の日の午前3時まで時間をつぶしていた。会社があるとその時間しか時間がなかったからである。だけど冷静に考えてみたらちゃんと寝て朝起きれば何もそんな時間に遊ばなくても時間はあると思うが。そういえば母にもよく怒られた。

煙草もよく吸う人で『頼むから吸わないでくれ』と言ったがやめてもらえなかった。

母の言い分も『これだけが私の楽しみだから』だった。

 

母は不倫で出来た恋人からの説教は聞いたけれど、私の言い分は一切聞いてくれなかった。多分私は発達(今も信じていないが)だからなのと理屈っぽくしつこかったせいだと思う。私は真剣になった人にほどそうなってしまう。

やっと31歳(もうすぐで32歳)になった今、『わからない人は突き放すしかない』という事がだんだんわかってきた。というより私の説得力ではそうするしかない。

煙草を吸う人も睡眠不足の人もやめてと言われてやめられたら困っていないのだ。

 

私は昔から説得力がない。だから頭の中で色んな説得を考えた。

だけどメモの話と同じように、説得を頑張っていない時の方がまだ説得力があるみたいである。一種の諦めの感情を持つことが定型との考えにおいて大事なのだ。

そんなことを散らかった部屋を見ながら考えた。被災した部屋のようになっている。

お雛様も収納してある部屋だ。お雛様がどうなっているかと考えただけで頭が痛い。

 

読もうと思っていた数々の本、本、本の山。友達のいない私にとって本とは扉だった。

友達だった。お気に入りの本が常に200冊以上あって暇さえあれば読んでいた。アマゾンでマーケットプレイスで1円で手に入れた本もたくさんあって読んでいないものもかなりあった。

この本をもっと読みこんでいたら、この本がもっと自分にとって有益なものだったら私はもっとましな発達障害だっただろうか?私は毎日休まずいろんなサイトを見て本を読んで時間を惜しんでいる。だけど初めてコンビニエンスストアに行けた時やレストランに行けた時の衝撃には勝てない。

本は誰にとっても友達だけど、本当に人間関係と同じで『きっかけ』に過ぎない。

コンビニエンスストアの存在を私は知っていたし、テレビでも『深夜にコンビニを徘徊してつい買ってしまう』と楽しそうに語る人がいるのも知っていた。

だけど本を買うお金もなくなってしまうし、今よりも対人恐怖症視線恐怖症赤面症だった私はコンビニに行くより本屋に行くことの方が大事だった。

 

私は好き嫌いなく本を読んでいた。同時に好き嫌いなく食事も食べていた。

どちらも楽しんでいたけれど、好き嫌いを出した途端に私の世界はこの家の中で終わってしまうし、食事で好き嫌いをしなければ色んな場所に口で世界旅行ができる。

私は昔から旅行の本が好きだった。とりわけ貧乏旅行の本が好きだった。

12万円で世界一周する人の本が好きでよく読んでいた。

 

だけどその人も世の中の人も、食べ物の好き嫌いもあってそれでも世界旅行に出かけていた。私は好き嫌いをなくしたが多くの有益な体験をサボってしまった。精神が不安定だったからしょうがなかったし、仕事もできるほど達者な発達でもなかったので仕方がないといえばしかたがないが(資本がない)。

 

でも世の中にはよく目を凝らしてみてみると『この人は明らかに発達のケがある』という人がいて、それはスーパー発達なんだけど障害がいい方向にマッチして成功している隠れ発達もたくさんいる事が今ではわかった。

昔はADHDのケが酷かったためか、本を読むだけで連想妄想してしまい読書するだけでも被害妄想というか落ち着かず『純粋に読書』というものができなかったのでわからなかった。

 

そういう人たちは旅をしたり、実際に友達を作ったり、仕事をしていい経験を積んでいる。私は昔本を読むことで賢くなろうとしていたし、賢い人に憧れていたけれど、受験の時に行った代ゼミの先生なんか現国の先生なのに読書が一切してこなかったし出来なかったという。それでも賢いからそこにいるのだ。

 

私は発達として最近まで知識を詰め込むことは『暗記力があっていい事』だと思っていた。日記を書いて反省して見直すこともいい心がけだと思っていた。

だけど私はその考えに捕らわれたが為にいい経験が出来なかった。

 

知識をつける事は大事な事だと思う。だけどそこから知恵をつけられなければ『読書』という経験の本質に反していると思う。

 

賢くなる事に捕らわれるよりも、嫌いな食べ物があっても、どこかへ行って見識を広めたり、実際にやってみたり、本当に勉学を自分のものにした方がいいんだな。

とその部屋を見て改めて思った。私はこの部屋が大好きでだけどこの部屋に縛り付けられていた。

 

今でも本を読むのも本屋も大好きだ。でも好き嫌いが激しいのに友達がとても多く話の面白い人を見ると、心が豊かに見えてやるせなくなる。自分の過ごした時間の無駄さを嘆いてしまう。部屋を片付けながら、残りの人生は『経験』と『学習』両方頑張ろうと思った。

 

メモとらない方が仕事できる

メモとるのやめてみたら、前より仕事出来るようになってビックリした。

 

メモとる動作って

『相手の説明を聞く』

『相手の説明を理解する』

『相手の説明に追いつくようにメモを取る』

『確認や質問をしてメモの精度を高める』

『メモを確認、暗記して理解を深める』

『メモをしてあるのを思い出す』

 

って感じで細かく分けるとこのくらい動作があるんですよね。

 

一番メモとる上で良い方法は

『絶対に忘れそうなところ(要点)だけメモする』

 

なんですけど一番いい方法は

『実際に何回もやってみる』

って感じで『動作記憶』で覚えた方が割と早々と覚えられたりするんですよ。

 

『私(僕)言われた事すぐ忘れちゃうんですよ~』

とブログで言っている人だって、ブラインドタッチでそのブログ打っているわけじゃないですか。てことは暗記できるはずなんですよ。人より遅くても。

 

だから『実際に何回もやってみる』と覚えやすくなるんです。

その方法だとメモを忘れたとしても、条件反射で思い出せたりするんです。

 

掟上今日子の備忘録 という作品の中で主人公の今日子は毎日その日の記憶を忘れちゃうんです。だから体にその日あった記憶をマジックで書いとくんですね。消えないように。でもある時その文字を消されて、昨日の事が思い出せないんです。

だけど体の記憶が残っていて得意の推理能力で昨日の記憶を思い出した、という展開があります。

 

動作記憶は、多分運動神経の部分で記憶する能力に近い気がします。(推測)

出来ないことは脳が別の部分が補ってくれるんです。

自動改札で毎日何回も繰り返していると、だんだんと見ないで改札にICカードを押せるようになったり、見ないでも十円を財布の中から取り出せるようになったりします。

 

メモをする という行為は、その記憶する行為をしなくなるという事に近いです。

繰り返しその場でメモの内容を反復するように書いたり、読んだりするならそれは『学習』ですが。

 

私は昔、メモをしないで電話番号を押して覚えていました。多分『動作記憶』で覚えていたと思います。

 

今の事業所でも先方に配慮してもらいたい内容で『メモは最後にとるのでサボっていないので気にしないでほしい』と伝えてあります。そのせいか仕事を覚えるのがどの職場よりもはやくなりました。

 

昔からそうだったのですが『地図を見ながら目的地に向かう』という行為がとても苦手でした。どうしてかというと『方向がわからなくなる』からです。

私は地図と自分の今いる位置を連動させて動く事はできません。あくまでペルソナの画面やグーグルマップのように自分の目と体の記憶でしか目的地に向かえないんです。

その時は『私は感覚で物を覚えたりすることがニガテだ』と思っていました。

 

でも私は『地図を見ない時は簡単に目的地にたどり着ける』んです。

これは駅の案内標識も同じです。私は毎日のように駅の標識で迷っています。

なぜかというと『詳細に書きすぎていてどっちの方向が正しいのか理解できない』からです。(とにかく文字がニガテらしい)

 

つまり『感覚や動作で覚えるほうが得意』という事に他なりません。

 

昔は今よりも考えて生きようとしていたように思います。

電車の中でカバンを手にもって、脇において座って、目的地について降りる。

その時にカバンを車内に忘れる。考え事をしていて、カバンの感覚を忘れ去ってしまうためです。

 

今はちゃんとカバンを持っている時は、『手がカバンを持っているな』という感覚を持ちながら電車に乗っています。(まぁそれでも乗換がわからない時はありますが、ほぼほぼ少なくなりました)

 

感覚で生きるという事は悪い事ではないです。

私は感覚といいますか『動作記憶』を伸ばすようになってから、料理も出来るようになりました。

 

仕事で大事なのは仕事の概念を知ることではなく、実際に動いて働ける方が大事

いくら『こうした方が(自分は)仕事ができるようになった』といったり、概念を学んだところで実践して成功できなければ机の上のノートで落書きしているのと変わらないんですね。

 

音声タイプ⇒相手から説明されたりするとわかる。復唱が向いている

文字タイプ⇒文字で説明されるとわかる。メモが向いている

画像タイプ⇒絵や写真や図で説明されるとわかる。案内ややっている所を見せてもらう

動作タイプ⇒実際やってみるとわかる。真似が向いている

 

4種類くらい学習タイプがあります。

多分混合タイプの人もいると思いますのでその場合は該当の学習法を全部実践してみると良いと思います。

 

私は説明する人がほぼいない職場では、メモしたのを始業前に何回も見直して覚えようとしていました。その職場の先輩は『もしかしたらメモしないほうができるタイプかもしれないからメモしないでやってみれば?』と言っていました。

中卒の年下先輩だったんですが今でも尊敬している先輩です。ありがとう先輩。

 

 

 

発達障害っぽい人の対処

A型に勤めてだいぶ経ちました。休みながらも徐々に出来る仕事が増えてきて、でもまだ慢心してはいけないなー(これが悪い癖)なんて思っています。

hattatu-matome.ldblog.jp

発達障害っぽいって言われましても、『発達障害っぽい』のが自分としてはどういう状態なのかわからないですね~

この後輩って人は発達だとしたらクローズで入ってきている人なので、まわりが配慮しようとしても準備出来ていない状態で何ができるんだみたいなところがあります。

 

私も障害認定されるまでは実質クローズで色んな職場で働いていたので、そこそこクローズについてはわかります。

 

定型さんの説明は『私障害者の割になかなか仕事できてきてるんじゃね?』みたいな気分になるような説明に感じている事だけは声を大にしてお伝えしたいと思います。

 

それは多分例外なく、どの発達さんでも感じると思われます。

 

3の法則

定型の方は相手を思いやるあまり、『同情』『共感』『例外』という事を発達相手にもすることがあります。残念ながら私にはその曖昧な概念は『ルール変更』ととらえられてしまいます。これは実感ですのでご了承下さい。

いい事は3分の1、悪い事は3倍、感情表現は3倍

というふうにとらえるのが定型界でのルールです。これは絶対に変動することはないです。

 

相手に感謝されたり褒められたとしても、実際の成果は3分の1の出来です。

このことを勘違いしていた時期も私にはありました。

もし本当に実力があるとしたら相手に『この仕事を教えてください』『この部署の責任ある仕事をしてください』これに近い事を言われます。

3分の1だと思って謙遜してください。

 

掃除が不完全だった時不美人な人に会った時悪い場面は相手に3倍悪く伝わります。言動がともなわない時には実際の容姿が3倍悪く見えます。

 

ちょっとしたことでも定型は発達の3倍の表現感情表現をします。

これは3の法則を和らげる効果もあります。(説明が下手ですみません)

 

昔の事なんですけど(少し昔)掃除屋さんで掃除をしていた時に、他の個所は完璧に掃除したつもりだったんですがポイントが出来ていなかったがために『なんの仕事もしていなかった』と言われました。

これも3の法則ですよね。

 

発達の人には『同情』『共感』『例外』『嫌味』は不要です

もしするならば『限定的』『部分的』言うようにしてください。

仕事が出来るようになったね⇒〇雑巾がけがうまくなったね

 

発達の人は確認する。共感するふりをしない。

定型には共感をするというような表面上みたいな内容を職業学校などで習うと思いますが、そもそもが私達と定型とでは共感できる内容が違ってきますので定型には

『すみませんが共感できません』『どういう意味かわかりません。教えてください』

というといいです。たまにわかったふりをするようにいう定型がいますが真に受けてはいけません。機嫌がいい時にちゃんと確認作業をしてください。

 

『どのような経緯で失敗したか』などの説明は定型には必要ない

私は発達なので『どんな理由でやってしまったか』という説明をされると、優しい人だな~と思う可能性が高いです。でも定型には必要ありません。定型は説明されなくてもだいたいわかってます。言う必要がありません。

矛盾した事も指摘する必要はありません。それは定型の中でとりわけ目上の人間しか許されていない行為です。矛盾を許すことで相手にも許してもらえるのにみすみす指摘する必要はありません。そのようなことは実力者になってから言うべきです。

(目下の人にも言わないのが一番良いです)

 

私はクローズの人も働けるようにするには、同じ発達の脳味噌を持った発達脳に優しい説明ができる発達の先輩を用意したほうがいいと思います。絶対そのほうがいいです。

私は何とかある程度までは自分で出来るようにしましたが、それが不可能な人も大勢いると思いますので。

 

あと定型は説明が足りないのではなく、『説明してほしいポイントが私たちとズレている』だけです。同じ発達の人には認識を改めてほしいです。

 

 

 

ニガテな話題

発達のくせに珍しいんだけど、私は食べ物の好き嫌いがないです。

だから定型か発達かわからない人達が私の目の前で好き嫌いの話をしているとつらいです。今日すごく楽しそうに事業所の人が好き嫌いの話をしていてグッタリしました。

だから昼休みずっと外に出て歩いてました。

ちょっと前まで親が作ってくれたお弁当を外で食べていたので、職場の弁当に変えた瞬間にこの話で疲れました。

 

 

 

私は好き嫌いのない食べる事大好きな人が大好きです!

私も好き嫌いがない食べるの大好きな人だから!

前々の職場の年下の先輩がほぼ好き嫌いなくて大好きだった(*´ω`*)♥

親が好き嫌いがなかったから(私の前で隠していた)『カッコいいな』と見習いたくなったんだよね。

 

事業所の人はまぁまだ強烈じゃないけど(今までの人に比べたら)正直キツい。

 

まぁ、話下手だからガマンしなきゃいけないかな。それ以外は配慮してくれて優しいし。

 

そういえば私、人に好き嫌い自体言わないかも。

私好き嫌いないんですけど特に好きなのは『お米』です。

カレーライスをスプーン1匙でどんぶり20杯いけます。カレーライスが残った皿にご飯を入れて綺麗になるまで食べるのが大好きでした。

バターをのせたり、ねぎをのせたり、納豆を載せたり、豆腐をのせたり。

硬く炊いてあるお米が好きです。

いつか自己主張してみたいけど、どうしても『〇〇ちゃんは冷やし中華好き?』みたいな言い方しかできないんだろうな(´;ω;`)悲しい・・・そりゃ嫌味な終わり方にもなるよな。

 

みんなつええよ。

久しぶりに仕事が楽しかった。ほんと、感謝です。

やっとA型事業所に戻る事が出来た。

 

明日行く~行く~って言ってて、実はBさんの件でモメて精神的に弱鬱になったため、責任者さんに電話してお休みさせていただきました。本当にごめんなさい。

 

責任者の話ではうちの職場は私以外は精神枠と知的障害の人しかいないらしい。

 

え~こまったな~

発達の人じゃないとほとんど普通の人と変わらないし・・・( ˘•ω•˘ )

会話についていけません(´;ω;`)

 

現在は精神枠に入れられている発達だけど、ハッキリ言って大きく違う。

 

精神枠⇒精神(脳の分泌)が一部 普通の人よりおかしいだけの定型よりの人

発達⇒精神(脳の分泌)も 発達具合もおかしい人

 

事業所の人も雑談が得意だった。

人それぞれかもしれないけれど、発達は雑談が得意ではないので一目で見てわかった。

私も雑談がニガテ・・・的外れみたいな返しになっちゃう。

 

嬉しい~

楽しい~

大好き~

悲し~

むかつく~

 

みたいな感情は発達にもないわけではないんだけど、ズレている。

 

私なんかはアスペのストーカーしている人のブログを読んでいるだけで笑ってしまう。

人の不幸が面白いというよりも、何故そんな思考回路になっているんだろうみたいなおかしさだ。真面目にやってて変な人がツボなのだ。

 

母に音読することで

『わかるわ~ほんとアスペってムカつくのよね~なんでこんなムカつく存在なのかしら。あんたも笑ってんじゃないのよ。こっちはあんた達のせいでカサンドラになってんのよ!〇〇なところをなおしなさいよ!』

みたいにキレてアドバイスをくれるかな、と思ったのです。

 

でも母は『これの何がおかしいの?』とは言ったけど

『怖いわよ!彼女ももうやめて!って遠まわしに断っているじゃない』みたいに言ってました。

え~笑い転げるほど面白いのに?確かにあのブログ主きもいけど。

 

だってなぁ~自分で嫌われる努力しかしてないのに、『君のためにわざと嫌われるような事を言ったんだ!どうしてか考えてごらん!』って常に言ってるし。

22年間頭の中ではずいぶん話しているみたいだったけど、口を開けば責めるだけ説教の山で、そのどれもが的外れ。

相手が気遣ってくれているのも一ミリもわからない。

そして脳内で『綺麗だな・・・』って呟いているのに口では「馬子にも衣裳だな。フッ」みたいな変な事言って傷つけまくったり。

彼女が主をラーメン屋に連れて行っても『このラーメンの味嫌い』とか言って、次には『何であのラーメン屋いかないの?』とか言ってみたり。

『嫌いなものにわざわざ連れて行くなんてできない』って彼女が気を遣っても(意味がわからない。なんでそんなことを言うんだ)とか心の中で呟いているし。

先生になれなかったもんだから彼女に説教をしたり。

彼女のメールを読んでみても全然まともな人で、彼氏が『????』みたいな人だし。

努力家でストイックなのは認めるけど『知的障害レベルのバカ』って感じだった。

知的障害の人にも失礼なくらい性格も悪いし。

それで出ていったら『さようならってちゃんと言ってない!ハッキリと言ってくれ!ブログに色々想いのたけを書いたから読んでくれ!』ってストーカーしまくる始末。

めちゃくちゃウケるじゃん。ギャグかよ。ほぼコント。

 

20年も粘着されたアスペ(だとしてもめちゃくちゃ性格がいい)の彼女に同情するわ。

 

こんなのでウケてしまうので、普通の人と笑い合えるわけがない。(と思いませんか?)

 

でも今日行ったら、みんな私をほうっておいてくれて、お茶も入れてくれて。

あ~本当にありがとう。みなさん。と感激しました。

感謝の思いを込めて、なるべく笑い、帰りもちゃんと『お先に失礼します』と言って帰りました。

 

 

 

 

 

再び事業所へ行く

今日は事業所で面談をしてから、自立支援医療の更新の手続きを役所にしに行き、そのあと母のホワイトニングに行ってきた。

 

母に通訳になってもらい、私の現状を事業所に伝えることができた。

(昼食を母と食べた時に会話が上手く行かなかったので、不安だけど)

明日からまた通う事になる。

 

台風が近づいて、ジメジメとしている日だった。

lineを見ると母の転送したBさんのメールが来ている。

 

【好感度が高くなかったからデートに来てくれなかったんですね。

 (私が傷ついたのは)私は慰められないので代わりにお願いします】

というような内容だった。

 

確かに好感度、という点では高くはなかったと思う。

歩くスピードを合わせてくれなさすぎて、まかれた事もある。

自分から会話を振らなすぎなところもあった。

 

ただ出かけなかった理由については好感度は関係ないと思う。

 

私は最初Bさんと出会うきっかけになったのは、私の母の会社をやめる時の送別会をやろうというときだった。

『娘さんもいるなら、自分にも妹がいるから良かったら連れてきてもいいですよ』

ということでお邪魔したのがきっかけだ。

 

『なぜ私はここにいるんだろう?』という思いでいっぱいだった。

今より人見知りだったから顔も合わせられなかったし。

だけど会ううちに『知り合いのいいお兄ちゃん』みたいな感じに思うようになってきていた。それなのになぜ10年という時間を経て『異性として』見たのか私はわからなかった。

 

誘うきっかけなんて今までいくらでもあったように思う。

それがいつも母と私とBさんの3セットででかけていたら『気のいい友達』くらいにしか思わないよ・・・

 

確かに『何で母の誕生日に高価な物をプレゼントするんだろう?』とか

『どうして私が行きたいといった所を付き合ってもないのに行こうと言ってくれるんだろう』とか

『いつも話している時に笑顔で話を聞いてくれるなぁ』とか

そういう事は思っていたけれど。

 

時々母に『Bさんと私をくっつけようとしていないよね?』と聞いていたけど、『まったくもってそんなつもりはない』というので私も『そうだよね。私そんなにイケてないしそんなこと考えたらBさんに失礼だよね』なんて思っていた。

 

なんとなくだけどBさんのようなタイプはなんだかんだ気の置けない友人とか、会社にいい女性とか、知らない間にいきつけの居酒屋に好きな女性とか、地元にいい女性とかいて突然はがきで『結婚しました~』と報告してくるタイプに見えていた部分がある。

 

そのハガキを見て『あ~綺麗な人だなぁ。やっぱり男の人は美人が好きなのね』と少し残念がる私まで想像していた。

 

んー今でも『嫁候補にしていた人を見極めたくて、比較用に付き合ってみたかったのかなぁ?』とか『本当に単にたまたまカップルメニューが食べたくて誘ったのに(フレンドリーに)あんまり好かれてないように感じてショックだったのかなぁ』なんて思っているくらいだし。

 

だけどBさんから送られた堅苦しいメールには

『指名』とか『仲介』といった文字が書かれている。

 

いくらなんでも勘違いではないのかな。

彼は私が好きだったのかもしれない。

この世には自分がタイプの男性も存在するんだなぁ~とビックリした。

(いまだに勘違いなんではないのかと思っている)

 

母は発達障害の事を言って納得してもらおうかと言っていたけれど、正直真剣交際したり友達にならない限り『いらない情報』だと思う。

 

私を悪い部分もいい部分も含めて合う人が見つかって、はじめて

『実は発達ですよ』

というのが筋だと思っている。

自慢する事じゃないし、いたずらに相手を不安がらせるのも良くない。

(それとも最初からいうべき?障害を理由にさぼっていると思われそうだけど)

 

元彼も障害が見つかって『言い訳が増えた』というようになったのは事実だしな。

私は『察してちゃん』と『説教マン』と『受け身ちゃん』とはもう二度と付き合いたくない。ちゃんと『言い訳にならない生き方』を学びたい。

 

とりあえずさようならBさん。

 

うーん

アスペルガーの女性と21年付き合って7年引きずっている男性らしきブログを見つけた

http://3175show.blog.fc2.com

 

なかなか美人だったようだ。

このブログを見ていると『美女でも発達は得しねえな』とわかる。

 

単に彼女に語彙力がないのを勝手に勘ぐって、ぐるぐる悩んでブログを書いているだけなんだもの。

 

彼女が彼にどんなに優しくしているか、全然わからないのが悲しくなるね。

彼にすっごく優しくしているのに、発達の優しさは定型にはわからない。いい加減うんざりするよね。

 

美人は普通のことしていても、普通の女よりちゃんとしてみえるし知的にみえるらしいとネットで知った。

だから彼には彼女がとてもまともに見えるのに駆け引きでもしているように感じるんだろう。

単に頭悪いだけなのに。

 

そんなに好きなら

『俺は(彼女)ちゃんのこと大好き〜だから(彼女)ちゃんはもっと俺のこと大好き〜色んな男の人と遊ばない人はもっと好きになっちゃうなぁ〜』

とか言えば伝わるのに。

アスペに求めすぎだ。

 

 

発達の言うことは異訳するんじゃねえ。

愛しているは愛している

ちゃんと同じ意味で重みがあるんだ。 

 

追記→ただただキモい彼氏。